セミナーが始まってからの雑談が生み出すオドロキの効果

●セミナーが始まってからの雑談が生み出すオドロキの効果

どうも、早乙女です。

今回は、セミナーが始まってからの雑談が生み出すオドロキの効果、というテーマでお話しします。

音声はこちらから。

無駄に思っていることも、人間を考えれば無駄じゃない

会社に入ってから、ずっと疑問に思っていたことがあります。

会議のときに、始めに本題から入らず、毎回余談というか、「最近はこんなことがありました」みたいな雑談から始まっていました。

これは自社ではない他社の人と打ち合わせをするときも「最近の動向はこんな感じで~」など本題とはまったく関係のない雑談を5分くらいしてから、本題に入る傾向があります。

正直自分としては「どうでもいいなぁ」と思っていて、雑談が長引くほど本題に入るのが遅れて、ムダでしかないと思っていたんです。

しかも雑談って当たり障りのない話や社交辞令で面白くもなく、早く本題に入らないかなぁ、といつも思っていました。

ただ、コロナがあってコロナ需要はないのに人が減っているのに仕事量がなぜか増えて変に忙しくなりすぎて、自分の「雑談ってムダじゃない?」っていう考えはそもそも間違っていたんだと気づきました。

我が社はコロナがありましたが、テレワークの概念はなく出社率100%でみんなやっていました。笑

そんな会社なので顔を合わせて仕事をするしかなくて、行われたのは感染対策と効率化が行われていました。

個々人のデスクの間に仕切りを設置したり、頻繁につかうドアには抗菌対策された布がまかれるようになりました。

加えて仕事への取り組みも少しづつ改善されました。

長時間の会議が禁止されるようになったんです。

それに追い打ちをかけてか、コロナ需要はないはずなんですが仕事量も激増して、みんなに余裕がなくなったことが始まりでした。

長時間の会議が禁止されることで、始めの雑談タイムがなくなって、個人的には「サクッと本題に入れて効率化になっている!」と思って良いことだと思っていました。

同時にコロナで人に話しかけづらくなって、話していると白い目で見られやすいので、人との雑談も次第に減ってきました。

というだけではなく、仕事量が増えすぎて自分の仕事をこなすことに精いっぱいで、雑談する余裕がなくなったというのもあります。

更に追い打ちをかけるように、仕事関連の飲み会もゼロになって、まあ自分は元からほぼ断っていましたが、会社で仕事以外の要素がどんどんなくなっていったんですね。

個人的にはムダなことがなくなって、万々歳でした。

でした。と過去形なんですね。笑

仕事から雑談が消えて、しばらく経って、何かがおかしいことに気づきました。

以前より、社内の空気が重くなったんです。

人とのコミュニケーションは余裕を生む

これって感覚的なもので本当か? って言われそうですが、本当にそれだけではなくて、現実的に不具合やミスがたくさん起こるようになったんです。

例えば会話をしていて、「…これ、決めましたっけ?」と人と話した内容をよく忘れるようになりました。

あ、これはもちろん自分でもあった話なんですが、他のベテランさんでもすごい頻発していたんです。

内容を忘れたので、「本当にこれいった?」という感じで前に戻って、議事録とかを読み返して、「ああ、確かにこれ決まってたか、、、」と毎回巻き戻って確認する、というように、逆に効率が悪くなったことが増えてきたんです。

ワーキングメモリーが小さくなったというか、やったことをものすごく忘れやすい人が自分含めて増えたんです。

他にも今までそんなことなかったのに髪をかきむしるクセが目立つようになった人とか、毎日クマが目立つようになったとか、笑顔に力がなくなって顔が常に疲れ切るようになったとか、1つ1つは細かくて、もしかするとその人の生活習慣が乱れていると言われてしまうことかもしれないんですが、そういう不調を抱えている人が、病院に行くほどではないんだけれども、どこか身体に不調を抱えている、そんな人がたくさん出てくるようになりました。

見てて、みんな元気そうじゃなくなってるんですよね。笑

それってその人の問題のように思えますが、そういう人が周りにいすぎて、というか自分も会社に入った瞬間疲れて、会社の外に出た瞬間解放された感覚があって、なんかおかしいな、と思うようになったんです。

そして、本人は以前より明らかに調子が悪いのに、自分の調子が悪いことに気づいていないことも共通していました。

やったことを忘れているレベルなんで、自分のことなんて見れていないですよね^^;

その一番の要因は仕事が急激に忙しくなったからだと思ったんですが、他にもあるな、と感じたんです。

雑談がなくなったこと、です。

人との接触が健全な精神を形作る

自分は社外の人と面会することもあって、コロナになった後もそれは変わりませんでした。

なので比較的面会が多い立場だったので面会をしていたのですが、そこで面会後は疲れが減って、気分も良いことに気づいたんです。

面会は最初に言ったように余談がたくさんあって、人との会話ができていたんですね。

それによって、心に余裕ができていたんじゃないかと思うんです。

それに引き換え通常業務では業務を進めることだけなので、機械的な日常になっています。

それが、1つの原因ではないかと感じたんです。

確かにセミナーでもいきなり本題に入る人って、ほとんどいないと思うんですね。

そうではなくて、始めに5分くらい雑談というか、前振りといったものをしてから、本題に入る。

自分も、トップ画像、たいてい旅行に行ったところの写真をトップ画像に使って、その話をしたり、あるいは最近あった面白いことを5分程度話してから、本題に入る。

ということを無意識的にしていたんですね。

実際、その方が満足度が高い傾向がありました。

そういったことを思い返して、うすうすとは感じていたんですが、「余談や雑談は入れた方が相手に余裕が生まれて、短期的な効率、純粋な効率は悪くなるけれどもメンタルの面からは絶対にした方がいい」って気づいたんです。

なんとなく気づきそうなものだと思えるかもしれませんが、昔はイキっていたので、効率化サイコー! っていうサイコな人間だったので、余談の生む重要性をようやく理解できたんです。

つい自分が人間で、相手も人間であることを忘れがちですが、必要なのはただただ仕事を早く進める機械的なことではなく、人間として余裕ができるように仕事をする方が、回り回ってメンタルの調子が上向いている方が絶対に長期的に効率が良くなると実感しています。

雑談は確かに雑談で、それ自体は成果を生みませんが、回り回って自分や周りの人に対して良い影響をもたらす。

そっちの方が、部分ではなくて、全体を見た時に効率が良くなる。

だから、セミナーが始まってからも雑談から始めたり、面会とか人との打ち合わせで雑談を入れたりと、こういったことはただムダだから、気分が乗らないからやっているのではなくて、自分とか周りの人に対して良い効果があるからやっている。

意外と、重要な儀式なんです。

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