ゴールはコロコロ変わるけど、言行一致はさせています
●ゴールはコロコロ変わるけど、言行一致はさせています
どうも、早乙女です。
今回は、ゴールはコロコロ変わるけど、言行一致はさせています、というテーマでお話しします。
音声はこちらから。
自分の発言に責任を持っているか?

FacebookとかLINEで、「誕生日おめでとう!」ってメッセージをもらうことがあると思います。
そのとき、ちょっとだけコメントをして、「また今度会いましょう!」って連絡があるケースがありますよね。
そのメッセージをみたとき、思うんです。
「いや、絶対今度会おうとしないだろ」。
経験則的で直感的で申し訳ないんですが、それで実際に向こうから連絡が来て会ったことが1回あるかないかぐらいで、ニアリー0%です。
社交辞令といえばそうなのかもしれませんが、こういうやり取りが好きではないんです。
「また今度会いましょう!」って言ったのなら、その発言に責任を持って実行すべきだと考えています。
だったら何のために言ったんだよ、って思うじゃないですか。笑
社交辞令なのかもしれませんけどね^^;
実際自分から「また今度会いましょう!」ってコメントしたなら「いつ頃空いてます?」って連絡を次に入れますし、場所とかも決めて会う予定を入れ込みます。
自分が発言したからにはそれを実行するのが筋だと思っているので、言ったからには実行しています。
…それで大抵、企画側に回っている、自分が初めに「これやってみない?」と発言するので、結局のところ企画側に回っている、ということもありますね。笑
言ったことを実現しないのは自分の言葉の重みが軽くなっていく所業だと思っているので、言行一致させた発言、行動を心掛けています。
状況が変わってできなくなるのは、当然のこと

とはいえもちろん、実は無理だったこととか辞めたくなったことに対しては謝ってできませんでした、ともちろん言います。
昔、「北海道行こうぜ!」といって学生の頃ですけど10万円以上と想定以上に料金が高くて、学生にとって10万円というのは結構高いので、やめてしまったということもあります。笑
実現しようと詳細を詰めたらハードルが高くて無理だった。
それで連絡を入れてやめるのは、当然のことだと思うんです。
ここに関しては、人間ですしできることできないことがありますから、「意見が変わること」は当然のことだと思います。
実際やってみたらハードルが高かった、あるいは自分の価値観が変わったなど、色々あるからです。
ここのニュアンスがちょっと伝わりにくいかもしれませんが、「言行一致させること」と「意見を変えること」というのは必ずしも相反することではないと考えています。
やっている途中まで「コスト優先で!」と考えていたら実はコストは大して気にする必要がなくなったので、「納期優先で!」に変わることは普通にあります。
あるいは、「人の成長には苦労が必要」と思ってパワハラ並みにすごい仕事量を押し付けていた状況から、「人の成長には相手の未来を信じることが重要」というコーチングっぽい価値観に変わって、言うことがコロリと変わることは十分にありえます。
そういった思想から出てくる言葉に関しては、コロコロ変わったって良くて、むしろ変わるべきです。
ずっと同じことしか言わないのって、成長してないってことじゃないですか。笑
コーチングでいわれているゴールも、コロコロ変わったっていいんです。
成長すれば見方が変わり、ゴールが変わるのも当然のこと

ときたま「ゴールは絶対に変えちゃいけない!」なんて完璧主義的に、変な縛りに囚われている人がいますが、それはむしろ不健全です。
自分が成長すれば価値観だって環境だって変わりますし、ゴールが180度変わるのは普通のこと。
むしろ健全なんです。
だから自分はその都度ゴールはコロコロ変わった、良くいうと更新しましたし、「未来のために今日も頑張り続けること」と貯金しかしておらず未来のために今を必死に頑張るゴールから「今と3年後の幸せ」と今も未来も両方を見据えた行動をしています。
その都度迷走したり、方向転換したり、色々あって今に至っています。
完璧主義な人ほど変に「これだ!」と決めて意固地になっている気がしますが、柔軟に決めて動いていいんです。
この辺が伝わりにくいなーとは思うんですが、言行一致とゴールをコロコロ変えるのは、別段矛盾する話ではないです。
・発言したことには責任を持って言行一致させる
・ただ自分も成長して価値観やゴールは変わるので、真逆の意見になって途中から変わることもある
・その場合、「さっきのは違いました、スイマセン」と言うことだってある
みたいなことです。
生きていれば人間成長するので、ゴールはコロコロ変わっていいんです。
もっと柔らかく柔軟に生きてみると生きやすくなると思います。